犬や人をはじめとする哺乳動物は、さまざまな微生物や有害物質にあふれ、かつ乾燥した大気の中で生きていくために、体表は、角質細胞が積み重なってできた角質層で覆われています。したがって体表に角質層があることは生きていくための絶対条件で、皮膚病などによって、その機能がわずかに低下しただけでも、生活の質は大きく低下します。
この角質層には、生体のバリアとしてのはたらきと水分保持のはたらきがありますが、これらの機能はとても密接な関係があります。異物が侵入しやすいバリア低下した皮膚は細胞が生きていくために必要な水分も失いやすいということです。この機能は大部分の皮膚病で低下し、皮膚病によって悪化した皮膚コンディションがさらなる機能低下をまねくという悪いサイクルが発生します。多くの"慢性の皮膚病"が実は"進行性の皮膚病"であることは病院に来る犬たちを注意深く見ていれば気づくとおもいます。理論的スキンケアで皮膚のコンディショニングを行うことによってこの悪いサイクルを断ち切り、皮膚病を軽くしたり進行を抑制したりできます。
アトピー性皮膚炎や脂漏症はとてもよく見かける皮膚病ですが、ほとんど治ることはなく、生涯、その臨床症状をコントロールしなければなりません。でも、これらをより有効にコントロールする手法は確立されていないために、経験や感、思いこみ、あるいは不十分なデータ、メーカーの商業主義的治療まがい行為に基づいた治療が行われているのが現状です。
人間では、特にアトピー性皮膚炎でのスキンケアの大切さが理解されていて、日本皮膚科学会が作った【アトピー性皮膚炎治療のガイドライン】では、"治療の三本柱"として、スキンケア、薬物療法、原因と悪化因子への対応があげられていて、これらすべてが治療に絶対に必要だとされています。
人と犬のアトピーは根本的には若干異なる病気ですが、似ている部分も多く、人の医学的スキンケア理論は犬のアトピー性皮膚炎にもとても大切な考え方です。でも、獣医学領域では今でも薬物治療が中心で、その他の治療法は補助的なオプションと考えられています。これは、皮膚病の考え方に誤解があることと、情報のほとんどが皮膚科専門医によって言われているせいだと考えられます。
実際に病院に来る皮膚病の犬は感染症、角化症、アレルギーがほとんどを占めますが、専門医たちは、普通の病院で診断できない、あるいは治らない皮膚病ばかりを診ています。なので、同じ病名の皮膚病でも専門医と普通の病院で見る犬たちは病気の程度や時期がぜんぜん違っていて、それが専門医のすすめる治療で普通の皮膚病が治らない原因のひとつとなっています。
また、皮膚病に対する根本的な誤解もあります。皮膚病の診察は長い間、視診、"眼で見ること"で行われていました。もちろん症例のプロフィールを手がかりに診断を開始し、いくつかの検査などを経て最終的に病理学的検索を行うことが皮膚
科の最も系統的な診断法であることは当然ですが、診断の大部分のウェイトを視診が占めていて、眼で見て異常があるものだけが皮膚病と考えられています。
これは最近の医学の診断法としてはきわめて異常なことで、肉眼的に正常な組織は疾患を有さないという、今日の医学からは考えられない低次元な発想です。実際、見た目が正常な皮膚は"正常"と判断されてしまい、それらの犬が痒がると、ときに精神病と誤診されたりすることもあります。
人間ではしばらく前から皮膚の水分量の測定、皮膚の蛋白や脂質の測定、バリア能の検査などを測って異常を見つけることが発達し、眼で見て異常ではない時期のアトピーの皮膚も"皮膚病"の状態であることが証明されています。アメリカの皮膚科医がこれを"見えない皮膚病"と名づけて、いままでの皮膚科の常識では病気ではないと思われていた症例が、実は病気であったこと、視診では必ずしも正常―異常を判別できないことを訴えました。犬でも、無症状期のアトピー性皮膚炎では、異常に見えない皮膚も、水分量の低下、天然保湿因子の減少、正常脂質の減少と異常分泌、バリア能の低下などが観察されることが証明されつつあります。
なので、今までは眼で見える皮膚病を治すために薬を飲ませて、見た目の皮膚病が見えなくなった状態を"治った"と誤解して治療を中断していたといえます。実際には見た目の皮膚病がなくなったとしても病気は続いていて、この無症状の時期を維持するためのコンディショニングは考えられていませんでした。
さらに、多くのメーカーがお金もうけのために普及させようとしている間違った治療がスキンケアはあまり効かないと考えてしまう原因になっています。人で重症化したアトピーの原因の44%が"不適切な治療"のためということが皮膚科学会で報告されていて、その多くはいろいろなメーカーによる間違った治療のせいとされています。TVで発信された情報による被害者が多いことも報告されていて、単純にメーカーのいうことをうのみにしてしまうことが危険であることを証明しています。
実際に犬用のスキンケア製品の毒性調査、洗浄力調査、効果の評価、成分調査などをしてみると、皮膚病の犬に安心してすすめられるシャンプーはほとんどないことがわかります。人のスキンケア製品ではすべて全成分表示が義務付けられているのに、動物用のものはときに人体使用禁止成分が入っているのに、その記載義務すらありません。本来なら、動物病院でスキンケア製品を販売するのであれば、全成分記載をしていないメーカーには、洗浄力、成分、毒性について納得のいくまで問い合わせ、飼主に伝えるべきです。